#2《どん兵衛 》–Season 1: Seeds–
2000年の冬。
街がミレニアムの終わりを告げる喧騒に包まれていた頃、僕らの鼓動は別のリズムで跳ねていた。
14歳の誕生日。それは、僕にとって「自由へのパスポート」を手にするはずの神聖な夜だった。
誕生日を祝うために集まった仲間たち。エンジンの咆哮、白く濁った吐息、ガソリンの匂い。
「今日はBullの誕生日だ、走りに行くぞ!」
その言葉とともに、僕らは夜の静寂を切り裂く銀の矢となった。
法を犯しているという罪悪感よりも、世界の王になったような全能感が僕らを支配していた。
だが、暗闇の向こう側では、警察の冷徹なレンズが僕らの「罪」を淡々と記録していた。
少年犯罪の凶悪化を背景に、**改正少年法が成立してからわずか一か月。**世の中は「厳罰化」の空気に染まり、警察は実績を作るための獲物を探していた。
昨日まで「守られるべき子供」だった僕らは、運悪く、新時代の見せしめとして選ばれたのだ。
逮捕されたのは、12月28日。
初めての取調室。窓のない部屋に、カツカツと響く刑事の靴音。暴走行為に加え、「傷害」と「公務執行妨害」の余罪が僕に突きつけられた。

「お前だけが損をするんだぞ」
「言えば早く帰れる。親も泣いてるぞ」
刑事は執拗に、一緒に走っていた仲間の名前を吐かせようとした。甘い誘惑と、机を叩く怒声が交互に飛び交う。14歳の子供にとって、国家権力の圧力は、呼吸を止めるほどの重圧だった。
だが、僕は奥歯を噛み締め、ただ一点を見つめていた。
僕は、黙秘を貫いた。
言葉にすることが苦手だった僕が、初めて選んだ強い言葉は「沈黙」だった。
仲間の顔が浮かぶ。ここで僕が口を割れば、あいつらの未来も終わる。その一心だけで、僕は14歳の肩に全ての罪を背負い込んだ。
国家権力に剥き出しの牙を立て、かつ沈黙で抵抗した報いは重く、12月30日、僕は鑑別所へと収容された。
独房の扉が閉まった時の、あの鉄の残響を僕は一生忘れない。
14歳の僕が両手を広げれば、指先が冷たいコンクリートの壁を叩く。厚いガラス窓の向こう側には、月明かりを鋭く切り裂く鉄格子。暖房のない部屋の空気は、鋭い氷の粒のように僕の肺を刺した。
自分の弱さと向き合うには、独房はあまりに静かすぎた。
そして、大晦日。差し出されたのは、年越しそば代わりの「どん兵衛」だった。
お湯を注いでから3分経ったのかも分からない。静まり返った館内で、麺をすする音だけが虚しく響く。
21時。館内ラジオから流れてきた30分間だけの『紅白歌合戦』。音だけの祝祭が終わった後の静寂は、耳の奥が痛くなるほど深く、絶望的だった。
二週間後、僕は4人部屋へと移された。そこには、独房以上の緊張感があった。
鑑別所内は、私語が厳禁されている。だが、その沈黙の裏側で、僕たちは「情報の密輸者」になった。

看守の足音が遠ざかるわずかな隙を突き、僕たちは唇をほとんど動かさず、喉の奥から絞り出すような囁き声で、情報の交換を繰り返した。
「皆、外に出たらまず何をしたい?」
1人がそう漏らした。
「……まずは『ウィード』だな。あいつを吸えば、すべての時間がスローに感じる」
「……飯も、驚くほど美味く感じるようになる。味覚も嗅覚も全部研ぎ澄まされるんだよな」
会話が禁じられた場所で交わされるスリリングな密談。それは、14歳の僕の空っぽだった心に、一滴の劇薬のように染み込んだ。
「二度と、捕まらない」
仲間を守るための沈黙は誇らしかった。だが、捕まってしまえば、結局は何も守り抜くことはできない。証拠を残さず、足跡を消し、システムそのものを圧倒する。
この鉄格子の内側で、僕は「無敵の隠蔽」への執着を、その魂に深く刻み込んだ。
現在、投資家として「情報の非対称性」を利用して利益を出せているが、その原点は、紛れもなくこの鑑別所の囁き声の中にあったのだ。
つづく…